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闘病記

過去の追憶 17 妻が家にいない生活あれこれ

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2016年11月24日。

 

原発巣である大腸癌の切除手術は無事成功した。

その日は集中治療室で一晩過ごす事になっていたが、面会は早い時間までだったため、その日は大人しく帰宅した。

 

しかし、気が気じゃなかった。

成功したとはいえ、出血や急変など、色んなリスクはまだまだ残されていたから。

 

妻にLINEを送り、既読になるまでずっーとスマホと睨めっこしていた。

 

結局既読になったのは翌日お昼過ぎだった。

妻が病室に戻れた証拠だ。

 

この後、退院する12月2日までは順調な回復を遂げる事になる。

 

手術痕の痛みはあるものの、投薬によるコントロールは出来ていたし、傷口も腹腔鏡で済んだから小さくて治りも早い。

一番の敵は「空腹」と「暇」くらいだったろうか。

 

私は毎日仕事帰りに面会に行っていたし、子供達を連れて何回かお義母さんや義妹が面会に来てくれたようなので、多少は気が紛れただろう。

 

妻の入院中もそうだったし、この後の闘病生活中も、そして今もそうだが、妻、つまり母という存在がいない状態での二人の子供達の育児は本当に大変。

 

上の子は3歳でまだ幼稚園に通う前だったし、下の子は4ヶ月の乳飲み子だったから24時間面倒を見つつ、家事もやらなきゃいけない。

 

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私は仕事→面会の毎日だったから、メインはお義母さんだったが、時間がある時はお風呂に入れて、ミルクも上げて、寝かし付けをしてと、当時は全く慣れなかったから、大変だった。

 

何しろ当時はウンチも変えられなかった💦

今は何でも出来ちゃうから逞ましくなったもんだ。

 

そして、妻はママ友や子供達との繋がりを大切にしていた。

病気になった事も、多少オブラートに包みつつも、すぐに仲良しのママ友達に伝えていた。

 

上の子の児童館の集まり会が毎週木曜日にあったが、この妻が守ってきた繋がりを私は絶やしたくなかったので、私が仕事の調整をして連れて行くようにした。

児童館でのクリスマス会。

 

児童館には1年間通っていた。

妊娠中も、癌だと分からなくてひたすら体調が悪かった時も、頑張って子供を連れて行っていた妻。頭が下がります。。

 

妻が大事にしてきた世界。

病気になったからといって諦めたくない。

普通の家族でいたい。

子供達も普通に健やかに育って欲しい。

 

今までの生活を守るために、変えないために必死で頑張っていた時期でもあった。

 

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